一橋大学柔道部

魂魄留道場~東京国立・有備館より~

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柔道部に入部して(歴史編2)

「柔道部に入部して」歴史編として、歴代柔道部員が綴った入部の経緯や入部後の感想をご紹介いたします。
一橋柔道部入部をご検討中の皆様に、参考にしていただければと思います。

(競技ダンスから柔道に転向して)   S.O(OB 商学部2年時に執筆)

 私は日本では珍しい幼少時からの競技ダンス経験者であり、一浪して憧れの一橋大学に合格した時には、うら若き女性の息遣いが至近距離で味わえるあの甘美な世界に再び戻れるという喜びに満ち満ちておりました。入学式当日、きらびやかな衣装で着飾ったダンス部員は一際目立っており、時代の流れかかつてと比べようもないほど露出度が高く艶やかな女子部員のドレスは晴れの式典に華を添えているようで、私はああこの方々こそこれからの私のパートナーだと半ば感極まり、半ば好ましからざる妄想を膨らませてしまったことをここで正直に告白いたします。

 私は程なく東校舎体育館で練習中のダンス部を訪れましたが、すぐには入部しませんでした。自分が経験者であることは明かさずとりあえず体験に来た新入生ということにしたのです。見たところ一橋のダンスは相当レベルが高いようでした。しかし少年時代から鍛え込んだ私の踊りは失礼ながら全くレベルが違う。私は密かに大勢の女子部員を見比べながら、これと決めた方の眼前で突然に、できるだけ鮮やかに自らのステップを披露しようと企んだのです。そうすることでパートナーとなる女性の心を一気に射止めてしまいたい、若さゆえの邪な衝動を、私はどうしても抑えることができませんでした。私は幾人もの女子部員が親切に手を差し伸べ声をかけて下さったのを、「いえ、僕は、、、」などと口ごもりながらやり過ごしたのですが、心の中では「お前ちゃうねん!チェンジ!チェンジや!」と叫び続けておりました。先輩方が私の消極的な振舞いを「だよねー。最初は照れくさいよねー。でもやってみると気持ちいいよー」と好意的に解釈して下さったことには今更ながら良心の呵責を禁じ得ず、この場を借りてお詫び申し上げたいと思います。

 そしてついにその人は現れました。小柄ながら背筋のスッと伸びた色白の秋田美人。瞳はぱっちりと大きく睫毛も長く、AKBで言えば中西里菜さんのような麗しい3年生の女子部員りこさん(仮名)が私の前に立ち止まり「ちょっと踊ってみる?」と優しく微笑みかけてくれるではありませんか。ここだ!私は彼女の差し出す手を飛びつかんばかりの勢いで握り返し、流れてきたリズムに合わせていきなりパソドブレの高難度なステップで彼女をリードしようと目論んだのです。私の狙いは的中しました。彼女は一瞬息を飲み表情をこわばらせながらも、瞬時に状況を理解し、私のリードを全面的に信頼して身を委ねつつ情熱的なラテンの舞いを演じきってくれたのです。
 突然生まれたカップルのパフォーマンスに体育館は驚きと称賛の嘆声に包まれ、6、7組いた他のペアは自然とセンターを私たちの為に譲ってくれました。りこさんは激しいステップを正確に刻みながらも目を潤ませうっとりとした艶めかしい表情を浮かべ、いまや私と踊る喜びに酔いしれているのは隠しようもないことでした。私はあまりにも筋書き通りに事が運んだことに、些か有頂天になっていました。否、これで彼女は私のものだとさえ思ったのですから、得意の絶頂だったと申し上げるべきでありましょう。そう、あの視線に気づくまでは。

 一曲踊り終えて優しくりこさんの肩を抱き舞台を後にしようとしたそのとき、私は右斜め後方から注がれる刺すような視線を感じ、思わず振り返ったのです。それは体育館壁、膝下の位置に設けられた換気用の窓の一つでした。窓の外に身を屈める一人の壮年男性が、鋭い眼光を一直線に私たちのほうに向けていたのです。私は自らの邪心を見透かされたような気がして、思わず「ひぃ、お、オトーサマ?」と口走ってしまいました。それはしかし、敵対的攻撃的というのとは少し違っていて、ひたむきな、何かを掴み取ろうと必死な人間の真摯な眼差しというべきものだと感じ、私は落ち着きを取り戻すことができました。というのは、50歳は超えていると思われるその男性、80kg前後の巨躯と全身筋肉質の体格が只者ではないことを物語りつつも、表情自体は柔らかく、小さな眼鏡の奥の双眸にはっきりと溢れる知性が映し出されていたからなのです。「All Japan」のロゴが入ったジャージの上下を身にまとった野瀬清喜師範(講道館柔道八段、ロス五輪銅、マーストリヒト世界選手権銀メダリスト、当時全日本女子柔道ヘッドコーチ)との、それが私の出会いの瞬間でした。

 失礼ながら鈍感なダンス部の先輩達はただの「覗き」と認識したのでしょうか、不快感も露わな視線を投げつけ先生が立ち去るよう促しているようでした。私はと言えば、どうやら先生の視線が女子ではなく正確に私の動きを追っていることに気づくや、抱き寄せていたりこさんのことなどすっかり忘れ、吸い寄せられるように先生の方に歩みを進めていました。何故、僕を見るのですか――言葉遣いを知らぬ若輩者が発した失礼千万な問いかけに、先生は直接お答えにはならず、「君はラテンが得意か。タンゴはどうだ?」「たしなむ程度です」「バネがいいな。俺の内股を覚えれば、弐段くらいの選手は軽く投げられるように、なるんだ」私は意味もわからず絶句しこの日の会話は終わりました。ただこの得体の知れない、しかし魅力あふれる柔道家らしい人物から何かを期待されたらしいことが気にかかり翌日柔道場を訪れることにしたのです。それが、私の柔道部人生の第一日となることなど想像すらできぬままに。

 長々と書き連ねてしまい失礼いたしました。私がその日どのような経緯で一橋柔道部に身を投じる決断をしたのかについては、ここで詳しくは語りますまい。拙文をお読み頂いた皆様には、私が当初の思惑と殆ど正反対とも思える大学生活を送っていることについて、今あらゆる角度から振り返ってみたとしても、一片の後悔もないと断言できるということを強調させていただきたいと思います。私は眉目秀麗なパートナーの代わりに終生の師と戦友を得ました。華麗なステップの代わりに蟻地獄のような寝技を上達させました。女の尻を追いかける代わりに、女に追いかけられるほど値打ちのある男になろうとする道を私は選んだのだと思っています。

 余談ながら、ダンス部のりこさんは、その後「大学から始めたような素人と踊っても結局はつまらない」ということで言いよる数々の男子部員を袖にして、しばらくの間柔道部に去った私とのペアリングを熱望されていました。ときどき柔道場まで来られては、「ねえ。踊りましょうよ。私あなたじゃないと満足できない。Shall we dance?」と懇願され、浮いた話と縁のない仲間にも散々ひやかされて閉口しましたが、ある日ついに私が「もうダンスはできません。組んだら自然に崩して投げようとしてまいまんねん」とお詫びしたところ、「馬鹿ァ」と泣きながら駆け去っていきました。私はりこさんの思いを無駄にしないよう、一橋柔道部でとことんまで強くなろう、そして将来日本の屋台骨を支える力になれるよう強靭な肉体と精神を手に入れようと決意を新たにしております。 (完)
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| 柔道部に入部して | 08:00 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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柔道部に入部して(歴史編1)

「柔道部に入部して」歴史編として、歴代柔道部員が綴った「入部の経緯」や「入部後の感想」をご紹介いたします。
一橋柔道部入部をご検討中の皆様に、参考にしていただければと思います。

(アメリカンフットボールから柔道に転向して)   K.W(OB 法学部2年時に執筆)

 私は高校時代知る人ぞ知る(知らない人は誰も知らない)アメリカンフットボールプレイヤーであり、大学に入っても花形スポーツと言われるアメリカンフットボールを続けるつもりでおりました。しかし入学手続き時にたまたま柔道部の 先輩に声をかけられ、一橋の柔道というのは強豪チームではないけれども、明治時代からの伝統があり、指導者がオリンピックメダリストという話を聞き、また部室には身体が伸ばせる広い風呂があり、四年間部費ゼロという恵まれた環境だということも気になったので、一度見に行ってみようと思いました。とは言ってもこの段階では、柔道は競技人口が多いスポーツであるし幼少時から経験した人たちが大学でもやるのだろう、高校の授業で少しかじっただけの自分が通用するはずがない、ただ一度その偉い先生というのを見てみるだけだと思い、ある日国立東校舎の柔道場を訪れたのです。

 そこにいらした野瀬清喜師範(講道館八段、埼玉大教)は、ロサンゼルスオリンピック銅メダリスト、マーストリヒト世界選手権銀メダリストであり、指導者としては全日本女子のヘッドコーチとしてあの T.亮子 ら数々の金メダリストを育てあげた、世界的にも柔道界の最高峰にいらっしゃるものすごい経歴の先生だとわかり、聞いてはいたものの私はやはり仰天してしまいました。先輩方が笑いながらおっしゃった「まあ中学校の社会をクルーグマンやスティグリッツが教えているようなものだな」という自虐的な例えを、失礼ながらその通りだと思ってしまいました。先輩の繰り広げる激しい稽古風景にも気おされて、私は「ここは自分のような門外漢が来てはいけないところでは」と感じ、早々に立ち去ろうと思いました。ところがなんとその野瀬先生が私のところにいらして、「君はアメフトやってたのか。ポジションはどこだ」と声をかけて下さったのです。「うん、WRか。WRやってた選手はな、飛び込むタイミングをつかむのがうまいんだ。だから捨身技が上手くなる。強くなるぞ」とお声かけいただいて、全然意味がわからないながらもこれは大変な名誉ではあるまいかと考え始めてしまったのです。

 その後アメリカンフットボール部にも見学に行き、経験者ということで熱烈な勧誘を頂きました。もしアメリカンフットボール部に入部していたら、それは私にとっては安心感のある、心の落ち着く場所になっていたことでしょう。関東一部という華々しい舞台で、相応の活躍、相応の満足感を得られたかもしれません。しかし、私はオリンピックメダリストに一瞬でも気にかけていただけたことが心に引っかかり、そのまま素直にアメリカンフットボール部に入る気持ちにはなれなかったのです。また少人数ながら全員が常に試合に出場し、一橋の名誉をかけて総力戦で団体戦に臨むという柔道部の話とは対称的に、大量に新人が入部しながら試合で活躍できる者は限られており、辞めていく者も少なくないという話、道具類一式だけで数十万円はかかるという話にも、ある程度予想はしていたものの若干の抵抗感が拭えなかったことは正直に告白いたさねばなりますまい。

 そうしてどっちつかずのまま数日が経過したとき、更なる衝撃が私を襲いました。先日見学した柔道部の部員のうち、なんと半数が大学入学後に柔道を始めた初心者であり、先生方の超一流の指導と100年以上続く伝統の寝技技術により中高からの経験者に追いつくほど強くなった選手だというのです。先日私を誘って下さったF先輩も、高校時代まではトロンボーンを吹いていた気弱な青年だったのさと照れくさそうに告白してくれましたが、私から見ればこの人は小柄ながら引き締まったたくましい体をされていて、もう十年くらい柔道やっているのではないかという風格を帯びているのです。そして、「一橋で4年間必死で柔道やれば、まあインターハイにやっと出たくらいの選手には負けなくなるよ。勝てなくても、引分けはできるようになる。」とこともなげにおっしゃるのです。

 そして更に、「そりゃ強くはなる。しかし柔道にはどこまで行っても上がいる。強い人は本当に強い。トップレベルの選手には、武器を持っても勝てないよ(笑)。軽々しく日本一などと口にできるような競技じゃないからね。ただ、僕らは柔道があまりにも高い山であることを幸せだと思う。容易に一部だの全日本だのと口にできる安直な道は選ばず、僕らは「マイッタ無し」を貫きたい。つまりどんな大きな困難であっても絶対に逃げない人間になる為に、そうして将来日本を良くする力となる為に、一橋で柔道をやっているんだ。」

 私は思わず、このようなことを口にできる人間になりたいと思ってしまいました。一橋に入って、柔道部と出会ったことを、運命的だと感じました。

 そして今日、私は相変わらず下手な打込みを優しく直して頂きながら、寝技では先輩の腹の下で息もできないほどコテンパンにやられながら、そして稽古後には偉大な先生方先輩方と親しくビールを傾け明日の稽古と明日の日本について熱く語りながら、一橋柔道部100年の系譜に名を連ね、世界に広がる野瀬門下の末席を汚しております。早く自分より弱い新弟子が入ってこないかな、と心待ちにしながら(笑)。 (完)

| 柔道部に入部して | 21:00 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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柔道部に入部して(7)

(平成23年度一橋大学柔道部報「一道」より抜粋)
一年生の感想や入部の経緯を綴った文章(入部後2ヶ月目のもの)を何篇かご紹介いたします。
一橋柔道部入部をご検討中の皆様に、参考にしていただければと思います。

(続・入部宣言)   1年 T.I

 私は柔道歴9年ですが、今迄柔道部所属したことはなく、最後の学生生活でようやく「部」として柔道と向き合うこととなりました。正直なところ、入学時はまさか体育会に入るとは思ってもみなかったので、よくよく考えてみますと自分でも不思議な感覚がします。しかし、そんなことはさておき相変わらず柔道は面白い。特に、9名もの同期の仲間(しかも6名は初心者!)とともに成長できるのはこの上なく楽しいことだと身に染みて感じております。(「自分以外にも部員が何人かいなければちょっと…」などと我儘を言って入部を渋っていた私としては、仲間を集めて下さった先輩方にかなり感謝しています。)
 さて、今後の柔道部生活についていくつかお話ししたいと思います。まずは私自身の柔道について。単刀直入に言えば、私は寝技が苦手です。だからこそ、寝技を一から学べそうな一橋柔道部に惹かれたということもありますが、とにかく一つでも多くの知識を取り入れ、反芻し、自分のカードを増やしたいです。また、立技は、単純に身体能力(大したものではありませんが)に頼っている面が大きいので、一つひとつの技を丁寧に作り上げたいと思います。
 次に柔道部について。現在柔道部の構成は、1年生と4年生のみという特異なかたちになっています。私達1年生は、先輩方から学び取らねばならないことが、柔道以外にもたくさんあるということです。何事も経験が重要だと思うので、4年生の仕事等を積極的にお手伝いして、先輩方を安心させられるような体制を築いていきたいです。それでは、これから4年間よろしくお願い致します。(完)

| 柔道部に入部して | 20:30 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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柔道部に入部して(6)

(平成23年度一橋大学柔道部報「一道」より抜粋)
一年生の感想や入部の経緯を綴った文章(入部後2ヶ月目のもの)を何篇かご紹介いたします。
一橋柔道部入部をご検討中の皆様に、参考にしていただければと思います。

(一橋大学柔道部に入って)   1年 T.M

 気づいたら柔道部に入っていた。そのような感じです。中学、高校は全く別のスポーツをやっていて柔道は全くの初心者。最初は成り行きで道場にお邪魔して、少しだけ柔道を体験しただけだった。しかし体験する回数を重ねるうちに自分の中で燃え上がっていくものを感じていた。「大学でもスポーツをやって体を鍛えたい」柔道はそれに最適なように思えた。
 始めて間もない自分が言うのもアレだが、柔道は自分との戦いでもある。楽をしようと思えばいくらでもできる。でもそれじゃあ意味がない。サークルにでも入って「大学生らしい」大学生活を送ることも選択できた筈だ。でもそれじゃあ意味がない。自分のやる気に気づいてしまった以上、後戻りはできない。
 「とことん柔道をやってやる」と思っていましたが、始めて早々にケガをしてしまうなどなかなか思うようにいかないところも多く、前途多難な気がする。始めてまだ一ヶ月程度であるが、自分が成長していることを少し感じたり、自分の未熟さをたくさん感じたり、先輩、先生方のアドバイスを聞いていろいろ考えてみたりと、とにかく濃い一ヶ月だったなと思う。この濃さを継続し、四年生が引退するまでに出来るだけ多くのことを吸収できるよう、そしてそれを三商大戦で発揮して恩返しができるよう努力します。(完)

| 柔道部に入部して | 06:37 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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柔道部に入部して(5)

(平成23年度一橋大学柔道部報「一道」より抜粋)
一年生の感想や入部の経緯を綴った文章(入部後2ヶ月目のもの)を何篇かご紹介いたします。
一橋柔道部入部をご検討中の皆様に、参考にしていただければと思います。

(柔道の魅力とは)   1年 Y.M(留学生)

 「柔道の魅力とは何ですか?」という質問を、私はたまに耳にするのですが、その度にどういう答えをすればいいのか戸惑ってしまうことがよくあります。というのは、一言で柔道の魅力を表すことが難しいからであります。私は、「柔道の魅力とは何ですか?」と質問されると、「相手の力を利用して相手を制すること」「柔能く剛を制すること」と言ってごまかしてしまいがちであります。
 確かに、それも数多くの柔道の魅力の中の一つではあるでしょう。しかし、私が私自身に、そうした魅力にひきつけられて柔道をやっているのかと聞くと、何となく納得のいくものではないのです。
 やはり、私にとって、計りきれない柔道の魅力を言葉で表現することは到底無理であるのでしょう。けれども、よく考えてみると、柔道の中の言葉で表現することのできない部分にこそ、私はひきつけられたのかもしれません。私をひきつけたのが柔道のどの魅力であるのかは今でもよくわかっていないのです。しかし、一つ断言できるのは、本当に柔道にひきつけられてよかったということです。
 本当にまとまりのない稚拙な文章で申し訳ありません。これからもいろいろと迷惑をかけると思いますが、どうかよろしくお願い致します。(完)

| 柔道部に入部して | 01:30 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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