一橋大学柔道部

魂魄留道場~東京国立・有備館より~

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7月月報

~  月報“ 一道 Vol.15 “ 7月号  ~
<上下一心、柔道維新>

*目次
1.和田副会長ご挨拶
2.旧三商大戦までのカウントダウン
3.7月の取り組み目標
4.7月のイベント
5.OBリレートーク (谷先輩H5年卒)
6.新入生意気込み
7.七帝戦の観戦期
8.編集後記

1.和田副会長ご挨拶
愛語能(よ)く廻天の力あり
和田 明彦(有限会社ユニバース 代表取締役)
 曹洞宗の開祖である道元禅師は、『面(むか)いて愛語を聞くは、面(おもて)を喜ばしめ心を楽しくす。面わずして愛語を聞くは、肝に銘じ魂に銘ず。愛語能く廻天の力あることを学すべきなり』と言っています。
 『愛語』というのは、『人をほめる』『優しい言葉をかける』という意味です。
 例えば私がある人から面と向かってほめられたら、私はとても嬉しくなってニコニコ笑います。それが『面(おもて)を喜ばしめ心を楽しくす』です。
 これに対して、『Aさんが和田君のことをとてもほめていましたよ』とBさんから聞いたらどうでしょう?
 私はジーンと来て、そのことをいつまでも忘れないでしょう。それが『肝に銘じ魂に銘ず』です。
 さて、私は恩師・柴山謙治先生から実にたくさんの『愛語』をいただきました。
 悪さばかりしていた私ですが、先生は小さなことでもほめてくださいました。
 そういう中で、『面わずして聞いた愛語』が二つあります。
 その一つは、ある先輩に『和田は柔道の心を知っている』と言って下さったこと、もう一つは別の先輩に『和田は寝技のセンスがなかなかいい』と言って下さったことです。二人の先輩は、それを私に伝えて下さいました。
 そのときのことは、卒業してから30年以上たった今でも、昨日のことのように鮮明に憶えています。
 私は、高校まではほとんど運動らしい運動もせず、大学に入ってから柔道を始めました。ですから、夏の合宿などは本当につらかったです。
 でも、私は4年間挫折しませんでした。それは、一橋大学の柔道部には『愛語』があったからです。今の柔道部もきっとそうしょう。
 道元禅師は『愛語能く廻天の力あることを学すべきなり』という言葉で結んでいます。『廻天の力』とは『天を動かす力』という意味です。
 道元禅師ほどの厳しい修行をした方でさえ、『愛語』は非常に大切だと言っています。
 厳しいだけの修行に耐えられる人はごく限られた人です。普通の人は、優しい言葉を励みに厳しさにも耐えられると、私は思います。
 どうか『愛語』を大切にしてください。
(部報一道掲載予定原稿より抜粋)

2.平成24年度旧三商大戦まで残り145日(7月1日現在)
新入生も含めた全員柔道で戦います。

3.7月の取り組み目標
・夏オフにトレーニングでしっかり体調を管理する 
・自分に合う技を身につけるよう、互いに呼んで自習練をする

4.7月のイベント
7月1日 全国国立大柔道優勝大会 講道館
(速報はブログにて報告いたします。ご確認下さい。)

5B.OBリレートーク 岩松先輩(平成5年卒)
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岩松 琢也(株式会社丸の内アドバイザーズ勤務)

 私は高校から柔道を始めましたが、大学では柔道部に入る気はありませんでした。当時、漠然と将来はなにか自分で事業をしたい、という思いがあり、その為の準備として、まず会計や税務に関連する資格をとりたい、と考えておりました。その時はまだ公認会計士や税理士の資格についてはあまり知識を持っていなかったと思います。一時は大学受験をせずに簿記会計の専門学校に進もうと考えたりもしましたが、思案の末、最終的には一橋を受験し無事入学することができました。入学後は早速商学研究会というサークルに入り、そこでの先輩の話しを参考に、在学中に公認会計士試験に合格することを目標に、まずは5月に行われる簿記3級の勉強を始めることにしました。
 当然ながらこの時点での私の計画に、柔道部の入部は全く織り込まれておりません。
今考えると不思議なのですが、耳もつぶれていて、学内では頻繁に柔道部員らしき先輩ともすれ違っていたのですが、目立たないタイプのせいなのか、勧誘の声をかけられたことは一度もありませんでした。ただ、授業が始まる前の教室や、学内など、柔道部らしき人の姿が絶えることがなく目について、入部する気はないものの少しずつ柔道部のことが気になってきました。その一方で、教室やサークルで接する同級生や先輩は物静かでおとなしい印象の人が多く、何となく物足りないような気持ちも湧いてきて、あるとき、学内で最もよく目について、最も典型的な柔道部員的な雰囲気を持っていると感じていた人(津田さんでした)に声をかけて、道場に見学に行きました。
 道場に見学に行くと、勧められるままに柔道着を着て、稽古にも参加することになるのが勢いです。ちょうど柴山先生がいらっしゃっており、稽古中声をかけていただいたときに引き込まれるような気がしたのを覚えています。次に参加したときには野瀬先生がいらっしゃっており、体のさばき方についての講習を聞いて非常に新鮮で感銘を受けました。
 練習では先輩方は明らかに手加減をしており、新勧モードであることは感じましたが、練習後に話しを聞いていると、自分が想像していたよりもずっとこの柔道部は真剣に、熱心に柔道に取り組んでいることが理解されました。こんなに真剣にがんばっている柔道部なら、入部して試験勉強と二足のわらじを履くことは無理だな、と決意を新たにしながらも、部の雰囲気には惹かれるものがあり、誘われるままつい何度も練習に参加したり、食事などご馳走になることが重なりました。
 入部しないという決意は堅かったのですが、そうして何度も道場に顔を出す内に、部の雰囲気にだんだんと引き込まれて、気がつけば既に仲間に入りたいという気持ちもふくらんでおり、周りももうこいつは入部するんだろうという空気になっていました。結局、会計士の試験を受けたいということと、商学研究会との兼部を認めて欲しいという話しを聞いてもらった上で入部する運びとなりました。せっかく専門学校ではなく大学に入ったのだから、資格試験の勉強だけではもったいない、一年目は試験の準備をしながら柔道をがんばって、二年目以降試験勉強にシフトしようと、自分に言い訳をして計画を変更したわけです。口には出しませんでしたが、一年頑張ったら柔道部は退部するつもりでした。
 当時は三商大戦で続けて負けており、先輩方の三商大戦にかける思いは相当強く、日常三商大戦の話題が絶えることがなかったように思います。当時の部員は2年生以上の先輩がたしか12人、同級生が10人でした。私は、自分は15人戦のメンバーには入らないだろうと思っていたのですが、4年生の津田さんと原さんには随分と叱咤激励を受けました。夏くらいから、飲みや食事など、二人になる機会があると「メンバーに入れるからそのつもりで練習しろ」「おまえがポイントになると思え」「先生に岩松をメンバーに入れると言ったら、大丈夫かと言われた。悔しいと思うならがんばれ」といった具合です。それまでももちろん頑張ってはいましたが、随分励みになりました。結局は三商大戦とその後の商東戦に出場することとなり、どちらもなんとか引き分けて、自分なりに貢献できた実感を持つことができました。商東戦の後、原さんに「よく分けたな」と言っていただいたのと、柔友会総会で大勢を前にした挨拶で津田さんが「一年生と思えない試合ぶりだった」と言っていただいた時は、嬉しさで言葉が出てきませんでした。
 三商大戦と商東戦が終わり、一年間自分なりに精一杯やったという満足感もあって、オフに入ってすぐ、津田さんに変わって主将になった清井さんに、かねて考えていたとおり、柔道部を辞めたいと切り出しました。清井さんに、じっくり話しをしよう、と言われて道場に行ってみると、驚いたことにオフに入っているのにもかかわらず、部員のほとんどが集まっています。話し合いの末、専門学校に通うことを認めてはもらったものの、内心では続けられる自信はなく、本当は退部したいと思っていたのですが、わざわざ集まってくれたみんなにそう言うことはできず、まずできる限り頑張ってみるしかないと、結局退部を撤回しました。恥ずかしながら、一年後にもう一回同じ時期に私は清井さんの次に主将になった香川さんに、同じように退部を申し出ました。一度は退部を撤回して続けてはみたものの、試験勉強も柔道の練習も思うようにいかず、自信も持てなくて逃げ出したい気持ちでした。結局、その時もおなじプロセスの繰り返しで、退部を撤回することになりましたが、曲がりなりにも4年間柔道部を辞めずに卒業できたのは、引き留めてくれた人たちに助けてもらったおかげです。
 今振り返ると、そんなに在学中に試験に合格することにこだわらず、例えば一年留年するつもりでもっと柔道をがんばれば良かったと思うことがあります。当時の自分は、自信がなかったからなのか、気の持ちように余裕がありませんでした。専門学校に通うため遠征合宿に参加しなかった時のことを、今でもたまに夢に見ることがあります。みんなが頑張っているときに、一人合宿に参加していないことが後ろめたくて、ずっと落ち着きませんでした。練習や試験勉強の苦しさは時間と共に薄れてしまっておりますが、その時のどんよりとしたやましさは薄れることがありません。ですから、同期の岩垂君が遠征先から送ってくれた絵はがきのことを思うと今でも胸が熱くなります。
 結果的に、私の学生生活は、最初の計画とは随分変わってしまいました。もし、遡って昔の自分にアドバイスできるなら、最初から柔道部に重きを置いて計画することを勧めます。資格は仕事をする上での必要条件ではありますが、あくまで最低ラインに過ぎません。今私は仕事をする上で、柔道部においての経験や、人間関係がよりどころになっていることを強く感じます。計画が狂って柔道部に籍を置いた私は幸運でした。柔道部に入部した学生の皆さんには是非卒業するまで頑張って欲しいと思います。

6.新入生意気込み
一橋柔道部として初めての大会を終えて
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一年 田澤広貴

 5月27日は東京都学生柔道優勝大会、6月3日には東京都国公立大会と一年生にとっては初めてとなる大会が行われた。私も柔道の大会は実に1年と半年ぶりである。しかも、大学での柔道の大会は初めての経験である。5月27日の東京都学生柔道優勝大会一回戦、我々一橋大学柔道部は立教大学柔道部にあたった。試合前、中田コーチは自分から積極的にもちにいき、そして積極的に技をかけることと普段の練習で行ってきたことを出すことの二点を試合で意識するようにおっしゃられていた。結果として、私自身としてはその二点をうまく成し遂げることができず、とても悔しい試合結果になってしまったと感じた。そのため、私は次の試合こそはこれまでの練習の成果を十分に発揮できる柔道を行おうと心に誓った。自分のこの決意が効いたのかどうかわからないが次の東京都国公立大会では自分の柔道の成果をある程度発揮することができたと思う。自分から持ちに行くことや自分が行ってきた大外刈りなどの技がうまくかけることができたと感じたからだ。しかし、反省点もやはり見つかった。例えば、自分の寝技の技術不足のために体力を消費してしまい、個人戦三回戦で東工大の前田さんに敗れたことなどだ。これら二つの大会を通し、私は大学の柔道の厳しさ、自分の技、精神の未熟さを知ることができた。これからは大会で学んだ自分の未熟な部分の改善を行い、秋の大会で少しでも戦力になれるように努力していきたい。

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<エースの予感?団体戦、個人戦とで大活躍の東京都国公立大会での一こま。見事な内股、大外刈による一本勝です。>

7.七帝戦の観戦期
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二年 板羽貴輝

 去る6月16,17日、福岡県の福岡武道館にて開催された第61回全国七大学柔道優勝大会の視察に板羽、丸山が行ってまいりました。
 高専柔道の系譜を引く旧七帝大の対抗戦ということで、やはり試合は旧三商大戦と同じく独自のルールで行われておりました。場外がなく、審判の「そのまま」の声で選手は動きを止め、試合場の中央に戻された後に「よし」の声で継続する。寝技に「待て」がないなど、我々にとっては非常に新鮮でした。
 大会の結果の方は、一回戦で東大に敗れた名古屋大が敗者復活戦を勝ち上がり見事二連覇を成し遂げました。ただ、閉会式で大会長も仰っていたように、東大の選手たちの戦いぶりは気迫に溢れており、決勝で敗れはしたものの、「チーム一丸となって戦う」という身近なよ き手本であると感じました。
 2日間通して様々なドラマがありましたが、何より七帝大の選手一人ひとりがチームのために身を粉にして戦う姿に我々の目指す旧三商大戦が重な り、格段の感動を覚えました。録画したビデオを皆で研究し、精神面・技術面ともに大いに参考にしたいと思います。
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<第61回全国七大学柔道優勝大会>

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<夜は福岡在住の山田先輩と丹羽先輩にお世話になりました。ありがとうございます。>

8.編集後記(雨季でも、落ち込むなんかせん。)
二年 李子豪

地球温暖化のせいか、6月に入って1週間も経っていなかった、こんなあっという間に、梅雨はもう誰もかに気付かずに例年よりも早くやってきました。「過しやすい春はどこに消えたんだろう」と渋々傘をさしてあえて学校に出たその日、学園はもっぱら元気のない顔をしながら自転車で徐行したり、講義棟へと石の如く重い足をだらだら運んだりするとの風景でした。うっとしい季節でしょうし、気持ちが空と同じくグレイに染まるのは普通だろうと思ったら、有備館はどうやら別世界でした。
5限後に少し遅れて道場に入って、真っ先に目にしたのは部員一同が真剣に乱取りに集中しているところでした。みんな雨天の鬱な気分を全く受けずに、一歩より一歩前へ、タイマーがなくなるまでアツい気持ちでうっとしい梅雨を斬るその姿に釘付けになった私は、その一瞬、「やはり入部してよかった」としか思えませんでした。一緒に戦ってきた同期だけでなく、いつも競い合っている田澤-高橋ペアといい、誰よりも積極的に発問する四戸とい、内股がますます切れている小川といい、みんなは団体として上下一心に結束しながら、個人としても全力を尽くしているからこそ、喜びを倍増させ、不愉快が忘却される「家」が出来上がっているのです。
中国語には「100日も咲き続ける花はなかろう」ということわざがあります。一見では消極的に聞こえますが、季節の循環で良いものが去って行くという前提のもとで、「どれだけ花が枯れた木も、いずれか再び満開する」という解釈も許されるでしょう。収穫が遅れている雨季だからといって、落ち込むことなんかありません。梅雨の後に、真夏のさらなる輝きが待っているから。
それでは、来月も、三商に向かって頑張らせていただきます。
お忙しい中、記事を書いてくださった和田先輩、岩松先輩ありがとうございました。
本号は李が担当致しました。引き続きご愛読の程よろしくお願い致します。
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<シンガポールの星チーハオ(左端)。写真は、シンガポールに帰省した際に西並先輩、谷先輩、岩松先輩にお世話になった際のスナップ>

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<6月3日東京都国公立大会。新チームで初勝利をあげたメンバーです。>
先鋒:高橋 次鋒:福島 三鋒:ミン 中堅:四戸 三将:田中 副将:田澤 大将:板羽

0603-00集合写真
クリックしてください。きれいに表示されます。
<初勝利で得たもの、感じたことは大きいです。先輩方のご支援、ご指導の賜物と改めて感謝申し上げます。今後とも変わらぬご指導、ご協力のほど宜しくお願い致します。>

個人戦結果
男子 -81kg  第三位 田澤
男子 無差別 第三位 板羽
男子 無段  準優勝 四戸
 以上
柔道部一同
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