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一橋大学柔道部

魂魄留道場~東京国立・有備館より~

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8月月報

~ 月報“一道 Vol.16”8月号 ~
     <夏に鍛えよ!!>



*目次
1.林幹事長ご挨拶
2.旧三商大戦までのカウントダウン
3.8月の取り組み目標
4.8月のイベント
5.OBリレートーク (根本先輩S57年卒)
6.新入生意気込み
7.トレーニングMAX測定ランキング
8.金鷲旗視察を終えて
9.編集後記

1.林幹事長ご挨拶
「ご挨拶」 昭和53年法卒 林 寿弘

暑い日が続いていますが皆様元気でお過ごしのことと存じます。
この度柔友会幹事長を仰せつかりました53年卒の林寿弘と申します。
大学卒業以来早くも34年が過ぎましたが、北九州の黒崎をスタート以来国内で延べ9カ所勤務し、14回の転居を繰り返してまいりました。 工場勤務だった最初の3年間ほどは柔道着を着ていましたがその後柔道とも国立とも縁遠い生活を送り、柔友会ともすっかりご無沙汰しておりました。
そんな折り2年先輩の荻原新会長からいきなり「自分は会長をやるからお前は幹事長をやるように!!」とのご指示(命令?)を頂きした。
本来でしたら喜んでお受けしないといけないのですが、柔道部とも随分離れていましたし役柄も不得手ですのでとても無理だと思いお断りしたのですが、「しっかりした副幹事長を3名つける」と言って頂き、4年間お世話になった柔道部にこれまで何のお返しもしてこなかった事もあって、多少なりともお役に立てばと思いお受けする事に致しました。 (・・・と言うことで副幹事長の山本豊彦さん、古澤宏さん、村上雅俊さん、改めて宜しくお願いします。)
話は多少逸れますが、現在有備館の再移転の話が出ているようですが、現行有備館への移転は私がキャプテンの時に決まり卒業後に実施されましたので今回何か因縁めいた、巡り合わせの様な物も感じております。
更に、直近では最大のイベントである新入部員の勧誘で、合田さん、中田さんを始めとする若手OBを中心に平日にも拘わらず多大な協力を頂き、新たに4名の部員を迎える事が出来ましたが、この時の皆さんの自発的、献身的な貢献には正直感動し、忘れていた何か熱い物を思い出した様な気がすると共に一橋柔道部の底力を垣間見た様で、幹事長をお受けして良かったとも思いました。
何分不慣れで色々とご迷惑をお掛けする事も有ろうかと思いますが、お受けした以上は皆様のご協力も頂きながら精一杯やらせて頂きますので宜しくお願い致します。
又、実際問題として現役部員は3年生、4年生が居ないといういびつな構成且つ少人数で毎日の練習に励むと共に、ブログの更新や「一道」の発行準備等の運営活動にも取り組んでいます。
当然ながら一人あたりの負荷は昔より大きく、加えて経験不足、上級生からの伝承不足は否めず、社会人から見ると何かともどかしい点や至らない所は多々あると思いますが、諸事情勘案の上、新米幹事長が賜りますと同様の格別のご配慮並びにご協力を頂きたく併せてお願い申し上げます。

2.平成24年度旧三商大戦まで
残り114日(8月1日現在)
残された1日1日を大切に、精進して参ります。

3.8月の取り組み目標
・引き続きトレーニングに取り組み筋力強化
・夏という季節の特徴を活かし体力・精神力の強化
・東北大合宿で寝技の錬成

4.8月のイベント
26日(日) 有備館杯争奪 於有備館
27日(月)~30日(木) 夏季遠征合宿 於東北大学

5.OBリレートーク 根本先輩(昭和57年卒)
根本先輩
「我以外皆我師」 昭和57年卒 根本 昌一

両手を見つめると指関節が変形し、もはや結婚指輪を嵌めることなど不可能と言っていい。幸いにして大きなケガこそはしなかったが、最近になってウエートトレーニングや乱取りであちこち痛みを感じるようになった。やはり歳だろうか・・・・。
強がりでも誇張でもないが、私には歳を取ったという実感はない。ただ、いつの間にか時代がどんどん追い越し、自分が取り残されたような気がする。
私ももう52歳になった。15歳で柔道を始め、高校・大学・社会人と柔道を続けた。8年程度のブランクを除けば29年間は柔道をやっているので、人生の半分以上は柔道をやっている。その割に進歩の遅いこと、亀や蝸牛の歩みの如しである。
現在自戒を込めて大学時代の自分を振り返ると、何も工夫するところがなかった。当時の私は身長176cm・体重72kg・ベンチプレス70kg程度で非力だった。
非力な人間が戦力として成長するための方法は大きく分けて二つあると思う。
一、筋力を強化する。このため、ウェートトレーニングに計画的・持続的に取組む。
一、相手の力を有効に使わせず、自分の力を最大限生かす。このため組み手や受けの技術を高め、フットワークと心肺能力の高さを身につける。
私はそのいずれも選ばず、漫然と組み、ひたすら単調な左内股で飛び込んでいた。私には先天的に非力で筋力が強くならないという思い込みがあり、ウェートトレーニングもほとんど取組まなかった。こんな調子だから、大学時代に確たる実績が上がるはずがなかった。
昭和57年に日本鋼管(現JFEスチール)に入社して福山製鉄所に配属された2年後に会社の柔道部に入部したが、深夜まで働く毎日で稽古不足のまま試合に出るだけで体力も技術も落ちていくばかりだった。平成2年1月に本社に転勤したので5年ほど柔道部に在籍した。
本社勤務3年半を経て再度福山に転勤したのが平成5年7月。会社の柔道部仲間と一緒にまた稽古を始めたのが転機だった。当時33歳。稽古が終って、3階にある社宅の階段を上って夜帰宅するときに肥満し弱った筋力の身体には荷が重すぎたのか、膝や肩が悲鳴を上げた。このため遅まきながら私はウェートトレーニング、一人打ち込み、水泳を始め、基礎体力づくりに励むようになった。出来る限り柔道の稽古の機会を得るため、福山武道館にも通った。ウェートトレーニングの効果は目覚ましくベンチプレスで最初はMAX70kgだったが、1年で100kg、2年で120kg上がり、3年で137.5kgまで上がるようになった。
力が強くなったらそれだけで柔道は強くなるのだろうか、という実験に私は挑んだことになる。周囲の稽古相手にはそれなりに効果を上げてきたため、私は単純な男であるから胸を張りたい気分になった。しかし、この問いに対する答えは、その後の経験ではっきりしてきた。
「力を使えればYES!使わせてもらえなければNO!」である。
恥ずかしながら、典型的なエピソードをご紹介しよう。大阪市長杯で国士舘大卒の軽量級選手と当ったときのことである。私は左組み、彼は右組みのケンカ四つ。私は「筋力で圧倒し左払腰に入ろう」と目論んだ。襟を掴むチャンスがきたため、左払腰で乾坤一擲の勝負に出たときのこと。彼は左払腰を透かし、袖を引手にした右一本背負で、つむじ風のように飛び込んできた。防御反応を一切許さないスピードだった。透かされ崩れ、右足一本で立った私はなすすべなく宙を舞い、一本を奪われた。
「相手が力を使う前に倒す」「相手の崩れた体勢を利用する」・・・まさに柔よく剛を制すではないか。私は、畳を背にしてしみじみと柔道の奥深さを思い知らされた。私は勝手に、
強さ=技術(含む組み手・試合運び)×スピード×筋力×持久力×精神力
と定義している。
私が筋力を使おうとしても、相手が使わせなければ筋力は例えば半減する。私の強さはその時点で半分になる。相手は技術とスピードで強さを確保して戦う。この構図ならば私に勝てる道理はなかった。理屈を言えば、私が筋力を最大限生かすような技術・スピードがあれば、結果は違う。
だが、理屈を実感できても中高年の悲しいところで、これらすべてを改善するような時間的な余裕も運動能力も最早私にはない。吉川英治に「我以外皆我師」という言葉があったが、私は組み手や技の掛け方を改善するため、少しでも上手い人を見つけたら教えを乞った。幸いにして2回目の福山勤務(約7年半)、大阪勤務(7年間)の中で多くの先生、友人と知遇を得て、恥ずかしながら教えていただいた。
今も単身赴任先である広島県の福山武道館とJFE柔道部で週3回程度稽古している。最近は有段者相手に週10本、できれば15本以上の乱取を目標にしているので、不足すれば岡山武道館や帰省先である大阪の初柔会でも稽古する。若い頃に比べれば瞬発力も持久力も劣るが、曲がりなりにも乱取りはできる。
家族や友人にも、歳なんだからもう若い人と激しい乱取りをしなくてもいいじゃないか、なぜ今でもそこまで柔道をするのかとしばしば言われる。
私は幸い大きなケガも病気もしていない、恵まれた身体だから続けられるのかもしれない。
私にとって溜まったストレスを解消する精神安定剤だからかもしれない。
いずれにせよ下手の横好きと言うやつだが、いつまで柔道を続けられるか私にもよくわからない。
最後に先日7月7日、7月21日に学生の皆さんと稽古した感想を申し上げたい。まず、オフにもかかわらず多くの学生が練習会に参加する素直さ、真面目さに感心した。これは皆さんの美質だと思うので大事にしてほしい。
つぎに、野瀬師範、中田先生、がそれぞれ基本的な技術を指導してくださっていたが、一流の指導者に教えていただける環境は望んで得られるものではない。このような機会をチャンスと受け止めるか、漫然と過ごすかは君たち次第。まだ君たちは、体力的にも技術的にもこれからだが、若さという武器がある。納得するまで確認し、正しく反復して身につけ、基礎体力を向上させたら、長足の進歩を遂げるだろう。
柔道のどこに価値を見出すか・・・本当のところは誰もそれを口酸っぱく説明しても教えられるものではなく、一人一人が心と身体で見つけていくべきものだと私は信じている。だから私は君たちに頑張れなんて言わない。是非本懐を遂げていただければ幸いである。

6.新入生意気込み

小川
1年 小川誠人

今年度新しく入部しました、商学部1年の小川誠人と申します。入部してからはや2ヶ月が経過しましたが、先輩やOBの方々の支えもあって部の雰囲気にも慣れ、体力やカンも徐々に戻ってきたという印象です。
 さて、今更ながら今年の抱負を述べたいと思います。一つは寝技を徹底的に学んでいくことです。今まで私は自分の不器用さから寝技を敬遠していたため、試合においても寝技の姿勢になればすぐ立ち上がってしまう癖がついていました。しかし、一橋大が目標とする旧三商大戦はとりわけ寝技が重要になります。また本柔道部には、寝技を学んでいくために必要な環境が十二分に整っていると感じます。このような環境を最大限に利用し、寝技に臆することなく積極的に学んでいきたいと思います。
 もう一つは力をつけることです。現在、毎週水曜日はトレーニングの日となっており、ベンチプレス、スクワット、デッドリフトの3種目に取り組んでいます。今までベンチプレスしか経験がなく、あまり筋力を重視してこなかった自分にこのメニューは新鮮でしたし、また信じられない重さをあげてしまう先輩方の姿は衝撃的でした。このレベルに達するには相当の時間と努力が必要だと思いますが、あきらめることなく成し遂げていきたいと思います。

7.トレーニングMAX測定ランキング
今月より新たに設けましたコーナーです。日々のトレーニングの成果を、月末にMAX測定として、ベンチプレス、スクワット、デットリフトを8回クリアする重量を各々のMAXとして捉え、3種目の合計を各々の体重の4倍で割った数値を到達度として表しております。日々の成果をご覧下さい。
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8.金鷲旗視察を終えて
主将 板羽貴輝

金鷲旗
去る7月21,22日、荻原会長、中田コーチのご引率のもと、福岡県のマリン・メッセにて開催された金鷲旗の視察に行ってまいりました。
今回の視察の目的は高校生勧誘でしたが、予想以上に有意義な視察となりました。事前に植松先輩に御用意いただいた全国版進学高校リストを、中田コーチと私とで大会パンフレットに照合し、お声掛けする学校をピックアップして会場へ出陣。当日は九州地区の柔道界でお顔が広い福谷先輩にもご協力いただき、スムーズに挨拶まわりを行うことができ、なんと一橋を志望してくれているという福岡、秋田の2名の高校生ともコンタクトをとることができました。非常に地道な活動になりますが、我々の活動をより多くの方々に知っていただくことが、部員増加にも結び付いてくるに違いありません。
今回ご尽力いただいた、中田コーチ、荻原会長、福谷先輩、ありがとうございました。引き続き、全国の高校生に胸を張って薦められるような一橋柔道部にしてゆけるよう、日々精進してまいります。
金鷲旗視察のブログ記事はこちら

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9.編集後記
全国国立大学柔道優勝大会を終え、ついに今年の前期が終了しました。全国国立大学柔道優勝大会では宿敵の神戸大学を相手に、数字の上では大きく差をつけられて敗れてしまいましたが、実際の実力差はこれほど開いてはいないはずでしょう。4月から現在の一年生と二年生だけのチームとして練習してきて、一年生の私から見ていても順調に強くなってきていると思います。これから8月に入り、暑さなどを考えると柔道をするには厳しい季節となりますが、授業がないため時間はありますし、私たちは非常に若いチームなのでたいして問題になりません。7月の時点での差を埋めるべくこれからの練習はより強い気持ちで精進してまいりたいと思います。お忙しい中、記事を書いてくださった林先輩、根本先輩、ありがとうございました。本号は1年生の高橋が担当しました。
引き続きご愛読の程よろしくお願い致します。

全国国立1-1高橋vs柴田

全国国立1-0整列




柔道部一同
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