一橋大学柔道部

魂魄留道場~東京国立・有備館より~

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11月月報

~  月報“ 一道 Vol.19 “ 11月号  ~
“旧三商大戦直前特別号”絶対勝ちます

*目次
1.高橋宏先輩御挨拶
2.旧三商大戦までのカウントダウン
3.11月の取り組み目標
4.11月のイベント
5.OBリレートーク
 (バンブッシュ先輩H19年卒)
6.トレーニングMAX測定ランキング
7.三商大戦への意気込み
8.応援メッセージ
9.三商模擬試合を終えて
10.編集後記


1.高橋宏先輩御挨拶
三商大柔道対抗戦 戦後再開六〇周年に寄せて   
高橋宏(昭和31年卒、首都大学東京理事長)

一橋大学柔道部選手諸君!

1.近頃、総じて日本人はふやけて、軟弱になった!人間としての芯がなくなった。慨嘆に堪えない。正に日本は危急存亡の危機に直面している。

2.今こそ日本は諸君のようにクレバーで、勇気ある、強健な心身を持った若者たちを求めているのだ!

3.今年、三商大柔道対抗戦は戦後再開して、六〇周年記念の意義ある節目の年となった。三商大戦の歴史は古い。遡れば大正5年(1916年)の東京高商対神戸高商との対抗戦に端を発し、大阪商大予科を加えての三商大戦として正式にスタートしたのが昭和6年(1931年)だから、実に百年近い歴史を誇ることになる。

4.太平洋戦争で中断し、大阪商大予科と戦後再開したのが昭和27年、神戸大も加わっての本格的な三商大戦となったのが昭和28年(1953年)である。私は昭和27年に入学して、再開第1回から出場させて貰ったので感慨一入である。このような歴史と伝統ある三大学の対抗戦が途切れることなく、整然と立派に続いてきたということは、誠に尊くも有り難いことである。

5.人類が出現して700万年、有史以来8000年の歴史の中で、人類は良きライバル、手強い競争相手があってこそ、進歩し、発展してきたのである。神戸大、大阪市大、一橋も共に日本に765校もある大学の中で、極めてレベルの高い国公立大学として注目され、高い評価を得ている。この三大学のRaison d'être、存在意義は日本の知性と良識の最先端を行く知財の集積体として、優れた教育と研究を行い、ここから多くの有為の人材を社会に送り出していることにあるのである。

6.学生諸君!皆さんは日本の知的エリートなのです!然しながら、唯やみくもに知識と学識を詰め込むだけではいけません。健全なる精神は健全なる肉体に宿る、と言うのは千古の鉄則です。だから皆さんはスポーツに、柔道に励むのですね。

7.そのような精神と身体の鍛錬の過程において、相応しいライバル、パートナーが絶対に必要です。相手がかけ離れて強すぎるのも困るし、弱すぎても張り合いがありません(笑)。良いライバルに恵まれているということは、素晴らしくも有り難いことです。
古代ギリシャの哲人、セネカは言いました。「汝の最強の敵は、汝の最良の友なり」。それが三商大の仲間なのです。お互いに相手に感謝し、敬愛の念を以て接しなければなりません。私も58年前に投げられた相手を今も良く覚えています。そして卒業後も社会の最前線や世界の果てで再会した時の懐かしさ、親しみはこの上なく尊い、人生の宝物です。このライバルたちは又、良く助けてくれました。同じ道場で血の汗を流した同僚は勿論、対抗戦で戦ったライバルたちとも、今も親しく付き合っています。皆さんの戦友たる同僚と今の対抗戦の相手たちを、卒業後も人生の友として、一生大切にして、これからも交流し、助け合って行って下さい。

8.柔道は一見地味だが、凛然として、颯爽たるスポーツであり、一面、哲学的で思索的ですらある。礼に始まって、礼に終わり、強敵と雖も恐れず、弱敵と雖も侮らず。
勝敗は時の運であり、勝って奢らず、負けても卑屈になることなく、堂々と進退するところに、人間としての成長があり、それが武士道なのだ。

9.柔道は日本の伝統文化の華であり、そこで養われる武士道精神こそが日本を活性化する起爆剤となろう。

10.三商大戦、この素晴らしい伝統をシッカリ守り育てて行きましょう!


2.旧三商大戦までのカウントダウン
残り22日(11月1日現在)
最高の状態で本番を迎えられるよう一日一日を大切にしていきます。

3.11月の取り組み目標
・怪我、病気をしない
・それぞれの役割を果たせるよう徹底する
・三商戦で勝利する

4.11月のイベント
・3日 OB戦
・4日 2部大会
・23日 旧三商大戦

5.OBリレートーク
(バンブッシュ先輩H19年卒)


始まりはタイトルにまったく関係ない話が続くのでさらっと読んでください。
1999年、日本的に言えば地方から上京した。自分はウランバートルにあるモンゴル国立科学技術大学に入学した。同期より成績が少しだけ上だったし、いい大学にも入学してそれなりに満足していた。ただ入学してその環境が思っていたより全然違った。皆が皆がアクティブ過ぎる。大学の講義そしてゼミの最中に発言したりする学生たちの勤勉さにびっくりしてばかりだった。そして同期の学生たちは海外に留学したいからがんがん受験勉強する。そのうち自分も彼らに影響され、いつの間にか受験勉強に励むようになっていた。特にどこの国とかという希望もなく。2000年の夏、一回目の挑戦は失敗に終わった。それが日本への留学試験だった。悔しいというよりも自分にがっかり。次回は1年後。留学試験に向けて焦らずに少しづつ勉強を始めた。様々な大学に通う500人の学生、しかも成績が上位の学生ばかり。そのうち18名が留学できる。目標を立てて計画的にやったことが実った。ギリギリだが14位で留学資格をゲット。親や友人たちには日本の文部省からの回答が来るまでは黙っていた、なぜか。モンゴルでは夢を人に言うと叶わなくなるという言い伝えがあった。日本への留学はいつか分からないが、自分の夢になっていたんだね、今思うと。2001年の年末に文部省から合格通知が来た。回りの皆に祝福してもらった。
いよいよ2002年4月3日、日本に上陸。本当の意味での上京だ。しかも自分の20歳の誕生日がその日だった。また満足感が胸の中から押し上げてくる。人生初の海外。空港に着いてすべてが自分にとって初めてだった。自販機、礼儀正しいタクシーの運転手、高速道路、エスカレーター。ちなみにモンゴルでタクシーはあったが、乗客は荷物を自分でトランクに入れたり、出したりするし、日本でよく言われる白タクである。またエスカレーターはモンゴルでSkyという新しい百貨店が建設され、唯一そのビルの中にだけあった。今は2012年モンゴルのほとんどの建物にエスカレーターがある。わずか10年の間はモンゴルは急激に変化はしている。高速道路も印象的だった。タクシーは結構スピードを出しているのはスピードメーター見て確認できた。今思うと120km/hぐらいだったのかな。しかし、後ろから追い越してくるのは大型バス。自分の乗っているタクシーはどんどん追い抜かれていく。モンゴルではあり得ない話だ。
3時間ぐらい走って、イメージしていた高層ビルとかまったくない住宅街に入っていく。我々が住んだり、勉強したり場所、府中市の中河原にある日本語学校だった。18名のうち9人がこちらに一緒に来ていた。自分たち以外のモンゴル人もいた。初めて「先輩」と出会ったのだった。あれからは沢山の先輩方にお世話になった。日本語学校の先輩、大学の先輩、部活の先輩、職場の先輩などなど、皆様に感謝の気持ちを申し上げたい。
夢だったところに来て若干満足気味の自分はまた壁にぶつかった。自分と一緒に来ているモンゴルの学生ももちろん、他の25各国の学生たちは優秀すぎる。ハンガリー、ベトナム、南アフリカ、ブラジル、ブルガリアなどなど全員が留学試験を受けて着ている。受験合格倍率は自分の国より高い国もあった。勉強はもちろん、楽器とかスポーツとかそれぞれ得意にしている学生ばかり。自分は特にそれというものは無かった。強いて言えば乗馬ぐらい。でも何のアピールにもならないね。志望大学に入るために全員が競争する。寮と学校が一体ビルになっていて食堂、体育館、音楽室が中にあった。そのため、気が付くと建物から出ずに2週間過ぎていたりした。1年は早かった。でも目標があったから努力して希望大学に入学できた。一橋大学だ。国立にあるちいさな大学。オールドスタイルの建物がたくさんあり、緑いっぱいのキャンパス。気に入った。勉強以外の何かをやりたいと単純に思った。日本的なこと。空手、剣道、柔道いろいろ頭に入った。祖父がモンゴル相撲とも良くいわれるブフの選手だったし、ちいさい時からモンゴルブフを見るのが好きだった。柔道部のホームページを検索して、連絡先にメール書いた。昔のメールとかは見れないだろうけど、どんなメール打ったんだろう。もの凄い片言の日本語だったに間違いないだろうな。今でも日本語は難しい。当時の主将を勤めていた金子先輩からメールの返信がきた。携帯番号が乗っていた。戸惑いながら、ドキドキしながら電話した。一度見学に来てくださいと言われ、道場に顔を出した。武元先輩(今回の原稿依頼主)、三原先輩に背負いなどで投げさして貰った。今思い出すと、自分が上手く投げていたのではなく先輩達が上手く飛んでいたことだと分かった。営業のいい手法だ。入部確率はと言われ、その言葉の意味すら分からずに入部し、皆さんに暖かく迎えてもらった。
あれからもう8、9年過ぎて自分は今母国にいる。日本で作った思い出のほとんどが柔道部が絡む。入部、歓迎会、同期、先輩、初試合、黒帯巻いた日、三商戦、後輩、嬉しい涙、悔しい涙、引退、OB/OGなどなど書き切れない。懐かしいと思う部分もあれば、柔道部に入部して良かったと思う部分もある。これからの人生にずっと役立つだろうね。今の自分がこう日本という国、柔道という武道に出会ったのは、運命がそうだったからとは言えない。縁があったからとは言える。また目標があり、努力した結果、ご褒美と考えている。これからの長い人生もっとたくさんの縁が作れるようにしたいものだ。
以上

6.トレーニングMAX測定ランキング
日々のトレーニングの成果を、月末にMAX測定として、ベンチプレス、スクワット、デットリフトを8回クリアする重量を各々のMAXとして捉え、3種目の合計を各々の体重の4倍で割った数値を到達度として表し競っております。日々の成果をご覧下さい。
月報1
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11-MAX (450x216)

7.三商大戦への意気込み
<1年生>
相川大河
「常に前に出て闘志を見せたいと思います。」
小川誠人
「日頃の練習の成果を十二分に発揮し、悔いのない試合をしたいです。」
四戸雄大
「死力を尽くして戦います。」
高橋健太郎
「練習の成果を存分に発揮して自分の役割を果たします。」
田澤広貴
「今まで学んだ技術を活かし、一勝でも多くつかみます。」
<2年生>
板羽貴輝
「日々の稽古の成果を発揮し、一戦一戦に集中します。」
田中陽介
「粘り強く戦ってチームの勝利に貢献します。」
福島徹
「勝利に貢献できるよう尽力します。」
丸山起明
「三商では絶対負けないよう頑張ります。」
閔永基
「悔いのないよう、頑張ります。」
李子豪
「仲間の熱意と、伝統ある我が部のプライドを裏切らないように、23日は全力をかけて頑張って参ります。」

1004 (3)
<10月に入って救世主サニーと相川が入部宣言をしてくれ勝ち運は益々上昇しています。>


8.応援メッセージ

宇崎泰雅(昭和56年卒)
卒業して30年が過ぎた今でも、11月23日が近づくと、現役時代を思い出し、
今年はどうなるのだろうと気を揉んでしまいます。
おそらくすべてのOBが同じ気持ちでいるのではないでしょうか。
先輩全員が応援しています。悔いの無い試合をして下さい。


「試合」とは何か
平成6年卒
前村聡

4年に1度開かれる五輪は仕事上、日本人が出場している主な競技をテレビでほぼ生中継で観戦している。当然、柔道もほぼ全試合を観ることになる。ただ国際試合では勝敗が決した瞬間の勝者を見るたびに、柴山謙治先生を思い出すことが多い。今回のロンドン五輪では、畳に投げつけられて大の字になって呆然と天を仰ぐ選手をまたぎ、両手を広げて顔を見下ろした選手がいた。
「試合」とは何なのか。柴山先生が2001年7月2日にお亡くなりになった後、柔友会有志がまとめた追悼録「何物かを掴め」を本棚から取り出し、転載された「柔道に生きる精神」という昭和30年に書かれた柴山先生の文書を読み返してみた。

(以下引用)
……(略)……「試合」はこれら実際的体験への努力の集積に対する過程的指標であって手段である。
 当事者は勝つという過程的指標に対する最善の努力をすることに何の躊躇があろうか。
 過去に於ける努力の集積を一点に集中する態度こそ意義があり、第三者をして聡とするのであろう。実に努力することなく、放棄し又躊躇逡巡態度こそ慎むべきであり、しかして結果に対して謙虚に反省すると共に次に如何にあらねばならんかと言う態度こそ、過程的指標の求むるところであろう。 
この世に絶対的勝者が存在するであろうか、過去の歴史が何を意味するか。柔道の試合もまた絶対的勝者を窺うものではない。……(略)……
(引用以上)

学生時代に柴山先生が私たちに繰り返しおっしゃっていたことを鮮明に思い出すことができた。「精力善用」「自他共栄」。国際化の半面、柔道の精神はどこまで広まっているのだろうか。単に「柔道」と「JUDO」の違いではない。国内の試合でもまた然り。
この時期になると、旧三商大戦を思い出すのは誰も同じだ。なぜあのような厳しい稽古を積み、そして優勝を渇望していたのか。その原点を忘れないようにしたい。



丹羽大地(平成24年卒)
この1年間の積み重ねてきた努力を信じて、全力で闘って下さい!応援しています!

9.三商模擬試合を終えて
10月21日に若手OB戦が開催されました。今回の若手OB戦は、上田監督を中心としたOBの先輩方に三商を想定した試合を組んで頂き、いわば「三商模試」として現役の力試しを行いました。試合に出場して頂いた15人の先輩方は以下の通りです。

植松先輩(H14)、永井先輩(H16)、上田先輩(H17)、菅屋先輩(H18)、星野先輩(H19)、虎川先輩(H19)、河合先輩(H19)、金濱先輩(H20)、辻部先輩(H20)、安原先輩(H20)、永井先輩(H21)、荒井先輩(H22)、山縣先輩(H22)、木村先輩(H23)、山田先輩(H24)

ブログ用
<クリックすると大きくなります>

上記の他にもたくさんのOBの先輩方にお越し頂き、有備館は大変な盛況ぶりでした!
さて、試合の方ですが、結果は一人残しで惜しくも現役軍の敗退に終わりました。しかしながら、試合後には先生、OBの先輩方より現役軍の健闘を大いにたたえて頂きました。自分の感想としては、各個人が己の役割をきっちり果たすことで試合展開が大きく変わるのだということを改めて痛感させられました。
1年生は初めての三商形式での試合でしたが、三商独特の戦い方・ルールに直に触れる良い機会となったと思います。
このような素晴らしい機会を計画し、提供して頂ける現役部員は本当に幸せ者だということを実感し、OBの先輩方の協力をふいにしないためにも、一層三商戦に向けて気合を入れて参ります。

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10.編集後記
今回は旧三商大戦直前の特集号ということで、高橋宏先輩を始め多くの先輩方にご寄稿いただきました。ご多忙の中、ご協力いただきありがとうございました。先輩方の心強い応援を胸に、神戸の地で雪辱を果たしてまいりたいと思います。引き続きご声援の程、よろしくお願い致します。


大勢の皆様とこのような万歳ができるように頑張ります・・・
一橋大学柔道部一同
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